48神学

Give me 大方の御批判と御教示。

アイドルとヲタクが、人類の愛のかたちをアップデートしていく。

性犯罪は立証がむずかしいといわれる。

密室で、多くは1対1で行われることだから、特に合意の有無が争点になりやすい。犯罪を立証するためには、検察官は合意がなかったことを証明しなくてはいけない。

被害者は拒否していたのに、恐怖で抵抗ができなかったために、「合意していた」とみなされることもあるのだという。なんとも痛ましい話である。

とはいえ、被害者を救い、性犯罪を防止するために、立証を簡単にすればいいというものではない。犯罪、特に性犯罪という重大な罪で、冤罪を生み出してしまうのもやはりいけない。

むずかしい問題なのだが、実はシンプルな解決策がある。

SEXは第三者の立会いのもとでおこなうべしという法律を作ればいいのである。

国中のいたるところに、公営のセックス場を設置する。「ブルーシャトー」とか「リバーサイド」とか「パコパコパレス」といった名前である。退官した判事など(セックス公証人)が所長をつとめている。

SEXをしたいカップルは、この公営セックス場に行く。職員(もちろん公務員です)による双方の個別面談が行われ、SEX実行の意思が確認される。どちらかが「実はしたくないんです」「脅されて連れてこられました」などと申告したら、直ちに警察へ通報され、官民の救援機関が動く。

双方の合意が確認されたらいよいよ個室に通されるのだが、あとはご自由に、ではない。

始めてから、どちらかが「やっぱりやめたい」と思ったのに、もう一方がやめなかったとすれば、それもやはりレイプである。

そこで、行為の一部始終はSEX立会人(もちろん公務員です。SEX立会大学校で特別な訓練を受けています)によって監視される。もしも合意がなくなったとみなされた場合にはただちに中止させることができる。

また、後日トラブルになった場合にそなえ、行為の一部始終は録画される。

人が見てる前で、しかもカメラが回ってるとこでできるかよ!という声があろうが、大丈夫です。

ポルノ映像作品の俳優さんたちは、カメラの前で、たくさんのスタッフがいる前で、気持ちの入ったSEXをする。大丈夫、じきに慣れる。むしろ見られていないと物足りなくらいにすぐなる。

 

そういう問題じゃねんだよ、愛を育むのはふたりだけの時間なんだよといった声もあると思うが、甘えるな。

衆人環視のもとでも愛を語り合い、愛を育むことはできる。

それをやっているのがアイドルとヲタクである。

握手会では、アイドルとヲタクのやりとりはすべてスタッフ監視のもとで行われる。だけでなく、たいていは列に並んだ他のヲタクにも筒抜けである。不適切な行動があればただちに中止させられる。また、こうした「接触」の場での「厄介」な行為は他のヲタクによって批判される。

接触に限らない。ヲタクはSNSで、スタッフの検閲が入るファンレターで、つねに衆人環視のもと愛を語る。

アイドルもまた、SNSで、マスメディアで、そしてステージで、衆人環視のもとで愛を語りかえす。

 

サルは群で暮らし、グルーミングも交尾も群のみんなが見ているところでやっている。人類はどこかで、愛の行為を物陰でやることを選んだ(進化心理学?とかで、このへんのことを書いたよい本があったら教えてください)。愛の密行化である。

ふたりきりの時間と空間。そこで育まれた愛は、人類を繁栄させた。わたしたちはみな、密行化した愛から生まれた。

カップルや家族といった愛の密室は、しかし、法も及ばない無政府状態である。人の善意のみに支えられた無法地帯である。

愛の空間は、暴力と支配の温床でもあったことは、性犯罪やDV、児童虐待といった忌まわしい現象が証明している。

アイドルとヲタクは、公開された愛を選んだ。

隠れてではなく、衆人環視のもとで愛を語ることを選んだ。

カップルや家族という密室に閉じこもるのではなく、社会と地続きの場で愛を育むことを選んだ。

これまでは無法地帯であった愛のガバナンスという、人類史上の新たな挑戦である。

アイドルとヲタクが、人類の愛のかたちをアップデートしていく。

わたしたちは、そんな使命を背負っているのだ。