48神学

Give me 大方の御批判と御教示。

ぼくたちの好きな投票

時節柄、今日は総選挙の話をします。

 

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2005年12月8日の『日刊スポーツ』より。

この記事を見て、「あーやっぱり48Gは最初から投票だったんだなあ」で済めばいいのだが、そうも行かないという話である。

劇場オープンより四ヶ月前、7月末に発売された雑誌の連載コラムで、やすす秋元康は「秋葉原48シアター構想」について書いている。

 

 劇場兼カフェには、一軍二十四人、二軍二十四人のアイドル予備軍がいて、ウェイトレスをしながら客の人気を獲得し、ステージの主役を射止めるのである(全員が、ウェイトレスをするわけではない)。

「秋元康のヒットの予感」『WiLL』2005年9月号、ワック・マガジンズ

 "萌系"のファンが、自分の贔屓の女の子を応援してスターに仕上げていく、アイドル育成シミュレーションゲームのリアル版だ。

同上

 

「"萌系"のファン」というあたりに時代を感じますね。

このコラムは、やすすのAKB48についての発言としては最初期のものの一つである*1。どういうわけだかAKB48公式ブログに全文が転載されているので、興味のある方はどうぞ(リンク)。

このコラムで、やすすは一軍二軍制度と言っているだけで、投票があるとは言っていない。その後、12月に劇場がオープンするときには、「ファン投票」による一軍二軍の入れ替え制が実施されることになっていた。

……のだが、この制度は結局実行されなかったのである*2。翌年の2月に2期生17名を採用したAKB48は、一軍と二軍の入れ替え制ではなく、チームAとチームKの2チーム制による公演をはじめたのはご存知の通り。

 

人気投票を越えて―真のネットアイドルAKB48

初期のAKB48には、劇場のロビーでファンとやすすらスタッフが対話し、ファン発のアイデアが運営に取り入れられていくという、濃密な作り手と受け手の双方向関係ができた(過去記事参照)。

「アイドル育成シミュレーションゲームのリアル版」にファンが参加する手段として、当初考えられていたのは人気投票だった。ふたをあけてみると、投票制度に頼らなくても意思表示ができ、アイドル育成に参加できるヲタクがそこにはいたのである。

 

僕はパッケージを作っただけで、発火させたのはメンバーと劇場に来てくださるお客さんです。アイドルオタクは暗いなんていうけど、僕からみたら、アンテナが立っていて、情報発信力もある。なにより行動的だと思いますよ」

「秋元康さんがプロデュースするアキバ発アイドル「AKB48」!」『Hanako』2006年11月23日号

 

情報発信力と行動力に優れたヲタクとの出会いを経て、やすすは参加型アイドルとしてのAKB48の特色、強みをつかんでいく。

 

――少し前はモー娘。やグラビアアイドルが盛り上がってましたけど、ちょうど今、女の子アイドル界がトレンド的に無風状態で。そういうタイミングは意識されましたか?

「いやぜんぜん。グラビアアイドルとかぜんぜん知らないし。アイドル界全体のこととかまったく意識してないね。唯一ちょっと考えてたのが……。ネットアイドルって、いろんなところがやっては失敗していたんだけど。だいたい人気投票をやってそれの1位のコがデビューできる、みたいな。それってぜんぜんインターネット的じゃないんだよね。一方向的で、テレビの発想とぜんぜん変わらない。受け手側の意見は量でしか還元されてない。そうじゃなくて、彼ら(引用者注:AKB48のファン)は双方向で好き勝手にやりとりしていて、その状況の中から生まれるアイドルがいるとしたら、それがネットアイドルだと思ったんだよね」

「総合プロデューサー 秋元康インタビュー」『48現象』ワニブックス、2007年

 

ファンが投票し、その結果に運営がしたがうことにすれば、とりあえず「ファン参加型ですよ」とかっこうはつく。投票とはそういう安直な手段だとも言えるが、ファン参加というめんどうなことを可能にするには他に手段がないことも多い。

ところが、AKB48では、投票に頼らなくても運営・やすすとヲタクとのコミュニケーションが成立してしまった。だから、もう投票は不要になったのだ。

と、いうわけにはいかなかった。

 

 48Gにとって投票とは何か

 

 おニャン子との一番の違いは、「一方通行か双方向か」という点。当時おニャン子で作られたユニットは、テレビ局やレコード会社など"おとなの事情"でした。でもAKB48は、我々が「こういうことをします」とアナウンスすると、ファン同士がすごい勢いでブログや2ちゃんねるで盛り上がる。そこから面白い意見を吸い上げて、反映させていくわけです。例えばスタッフから「みんなが秋元さんが選ぶ"選抜"に不満だらけですよ」と聞くと、「じゃあ"総選挙"だ!」という具合に。劇場のオープン当時は、ロビーで僕が直接ファンの感想や意見を聞いていました。本当の意味で"インタラクティブ"に作っていたんですね。

『日経エンタテインメント』2010年10月号

 

秋元:人数が多いものですから、CDのジャケットやテレビ番組に全員を出せないんですよ。そのメンバーを、プロデューサーであるぼくがピックアップしていたんですけど、ファンの皆さんからのブーイングがすごくて。

山田:"なんで、あの子を入れないのか!"って?(笑い)

秋元:そういうのがあって(笑い)、じゃあ、年に1度、オールスター戦みたいに皆さんの投票で決めよう!と。

山田美保子「山田eyeモード」『女性セブン』2010年5月13・20日合併号 

 

前田敦子をセンターにすると決めた頃、劇場のロビーに座ってファンに話を聞いたんですが、毎回「秋元さん、なぜ前田敦子なんですか」「なんであの子は入らないんですか」とすごく言われました。じゃあオールスター夢の球宴みたいな人気投票をやろうと。 

秋元康×田原総一朗『AKBの戦略!』アスコム、2013年

 

投票という「受け手側の意見は量でしか還元されてない」やり方ではなく、「ロビーに座ってファンに話を聞」くという、「本当の意味で"インタラクティブ"」なシステム。

やすすはヲタクの声に耳を傾け続けた。そして、ヲタクの声に応えようとした。

その結果、捨てたはずの投票制が蘇ってしまった。それが「総選挙」だったのである。

 

今までテレビとともに歩んできたんで、今度は真逆のことをやってみようと。

「総合プロデューサー 秋元康インタビュー」『48現象』ワニブックス、2007年

 

やすすがAKB48をはじめたのは、「テレビとは真逆のことをやりたい」と思ったからである。

投票によってメンバーの序列を決めることは、テレビ的な方法である。そこには受け手の意見は量でしか反映されておらず、視聴率や得票数といった「量」を持っている演者が高く評価されるシステムだからだ。

「テレビとは真逆のことをやろう」という、やすすの初志からすれば、投票制の導入は妥協であり、反動である*3

では、「総選挙」をはじめたこと、今も続けていることは間違いなのか。

紅白への出演や雑誌グラビアへの起用、その他もろもろのなんちゃら選抜……と、メンバーへの仕事配分の何割かがヲタクの投票によって決められているのは間違っているのか。

そうは言えないからめんどうなのである。

「アイドルオタクは暗いなんていうけど、僕からみたら、アンテナが立っていて、情報発信力もある。なにより行動的だと思いますよ」とやすすは言う。

たしかに、クリエイティブで存在感と影響力のあるエリートヲタクには、投票制度など必要ないかもしれない。

だが、暗くて、アンテナが立っていなくて、情報発信力もなくて、行動的でもないヲタクはどうか。

彼ら静かなる多数派は、「総選挙」によってはじめて意思表示の機会を得たのではなかったか。

投票によって、48Gは反動化するとともに民主化したのである、と私は思う。

「国民的アイドル」が民主的なのは結構なことである。じゃあ「総選挙」に「YES」でいいのか?と問われると、よくわからない。

(以上敬称略)

 

 

 

 

*1:というか、筆者はこれより古いものを見つけられていないので、ご存知の方は御教示ください。

*2:週刊プレイボーイ編集部・編『AKB48ヒストリー研究生公式教本』(集英社、2011年)には、《創成期、劇場には人気投票のための機械が置かれていたことも》との記述があるので、投票自体は行われたらしい。この投票は、カフェ店員だった篠田麻里子のメンバー抜擢に影響していたのだろうか。ここらへんも、古参ヲタの方の御教示を乞いたいところです。

*3:「年に1度」「オールスター戦」という言葉に、「あくまで例外として許容するにとどめたい」という気持ちが現れているようにも思える。

もえたんとうめたんの舞台

 

3月に卒業するもえたん相笠萌、うめたん梅田綾乃の舞台出演が決まったそうですね。

五反田タイガー 1st Stage 全情報公開‼

劇団TEAM-ODACから派生した女性劇団 遂に始動!!

歌って踊って、お芝居して!?
キャバレーのように華やかでショーのような作品、
また来たくなるような空間をコンセプトに
女の強さ、弱さ、優しさ、色気、裏の顔など、
普段見せない女の本音を笑いと感動で描いていく、
とびっきりのエンターテイメント!

新宿村LIVEにて STAGE ON!

 

 TEAM-ODACといえば、48Gメンバーなどのアイドルを起用した舞台で我々ヲタクにはおなじみ(最近だと『僕らのピンク スパイダー』とか)。そこからスピンアウトした女性劇団の旗揚げ公演で、うめたんはどうやら主演らしい。

五反田タイガーの宣伝文↑を読んでいて思い出したことがある。

前にも書いたことだが、のちにAKB48となるプロジェクトを着想した当初、やすすがやりたかったのはアイドルではなくて小劇団、お芝居だった。

一番最初の思いとしては、少女たちのお芝居を毎日やりたかったんです。でも、お芝居で毎日毎日やって持つだろうかと。それで、パフォーマンスするものが歌になり、アイドルグループになり、「会いにいけるアイドル」というコンセプトができあがっていったんです。

「秋元康(AKB48総合プロデューサー)ロングインタビュー」『クイック・ジャパン87』太田出版、2009年

最初はお芝居をやろうとしたけれど、毎日同じ演劇では飽きてしまうので、プログラムを変更できる歌とダンスのショーにしました。小さいけれど華やかで楽しい、パリの「リド」や「クレイジーホース」のような小劇場を目指しました。

「オリジナルの自信と呼びこむ魅力があれば、「メイド・イン・ジャパン」は復活する」『SAPIO』2011年1月26日号

リドやクレイジーホースというのは、パリの超有名なキャバレーである。日本のキャバレーは女性が接客してくれる酒場だが、本場のキャバレーは舞台でのパフォーマンスを楽しむ大人の社交場的なやつなのである(らしい)。

ちなみに、先日のこじまつりでは、「誕生日TANGO」→「シャムネコ」→「ヴァージニティー」のくだりで「大好きなパリのショー『クレイジーホース』のような世界観」を目指した――と、こじはる小嶋陽菜は言っている(今日売りの「AKB48グループ新聞」2017年3月号)。

小劇団やキャバレーの文化がやすすに影響を与えて、AKB48を生んだ。AKB48をきっかけの一つとしてアイドル文化が盛り上がると、今度は演劇界がアイドルやアイドル経験者を活用しはじめた(たとえばTEAM-ODACのように)。

その流れで、もえたんとうめたんは新しいスタートを切る。AKB48劇場の板の上で経験を積んできたふたりにぴったりな舞台のようで、楽しみです。

五反田タイガー 旗揚げ公演 featuring コモンシェア株式会社 『Tokyo Community Life』のチケット発売は明日、3月18日(土)の AM10:00からとのこと。何卒よろしくお願いいたします。これが言いたかった。

(以上敬称略)

 

 

正義より、クリエイティブをぶちかませ

伊藤麻希さんに感心してしまった 

 

 

LinQの伊藤麻希さんがリング上で松井珠理奈と秋元康を挑発したと聞いて、いいなあと思ってしまった。これはやすすの大好きなやつだ。48Gの若手は見習ったらいいのになと思う。

 

やすす秋元康は、かつて小野恵令奈(AKB48のOG。2006〜2010年に在籍)を絶賛したことがある。

 

こないだチームAの公演を見に行っていたら、たまたま小野と小林〔香菜〕が見学に来てたんですよ。で、本編が終わって暗転したときに、お客さんが"えれぴょん、アンコールよろしく!"、その2秒後に小野が"アンコールいくぞぉ!!"って……!

「総合プロデューサー 秋元康インタビュー」『48現象』ワニブックス、2007年

 

 「って……!」という表記……! やすすの「熱」を伝えたいというインタビュアーの意思を感じる。それほど感心していたのだろう。

 

普通絶対できないんですよ。まず先輩であるAのメンバーに気をつかう。それから照れ。あとスタッフに許可をとらなきゃとか……。僕は30年この仕事をしているけど、あの状況で2秒で言えるヤツは絶対いなかった。あれはあの瞬間あの場所にいないと見れない。神ですよ。

同上

 

だって自分の書く小説とかより、小野の‘’アンコールいくぞぉ!‘’のほうが面白いもん

同上

 

 私たちは、秋元康を「仕掛け人」扱いする思考に慣れている。AKB48Gも、「仕掛け人・秋元康」が操っているプロジェクトだと。

 そのやすすは、しかし、自分の書く物語より、小野恵令奈のアンコール発動のほうが面白いと言っているのである。

 

――〔仕掛け人〕というと、自分でいろいろ計画して意のままに動かす人って印象ですけど……。お客さんからのフィードバックにしろ、現場でのハプニングにしろ、今、秋元さんはあえて自分がコントロールできないモノを求めて、楽しんでいる感じですね。

「そうだね。だからファンの人に"どうなってるんだ!?"ってよく聞かれるんだけど、"いや、僕もわからない"っていう。本当にそうなんだよ。[…中略…]スタッフが"どうしましょう?"って来て、"えっ、そんなこと起こるの!?"ってビックリする瞬間が、いちばん大変だけどいちばん楽しい」

同上

 

高校時代に放送作家として仕事をはじめたやすすは、AKB48をはじめた47歳のときには30年のキャリアを積んでいた。フリーランスで30年生き残っただけでもすごいし、その間には誰もが知る大ヒットをいくつも生み出している。おそらく、この頃には「どんな企画でも、その気になれば必ずヒットさせられる」という自信を身に付けていたはずだ。

だからこそ、自分で考えることから何が生まれるかはだいたい予測がついてしまう。やすすの大嫌いな予定調和だ。

AKB48には、自分では考えつかないようなことをやってくるメンバーがや客がいる。自分が考えることより面白いことに出会える。だから、AKB48はやすすにとって楽しかった。

 

そこからエンターテイメントが始まると思うからね。みんなびっくりしたいっていうか、予測を超えたものが欲しいんだと思うよ。それが一番面白い。

同上

 

なぜやすすは755が好きなのか 

 

やすすに驚きを与えてくれるのはメンバーだけではなかった。

 

例えば「大声ダイヤモンド」で「好き」って歌う時、観客も全員で言うわけですよ。AKB48と一緒に「好き」を観客が言うだろうなんてことは、僕はまったく想像してなかったんです。昔だったら、たぶんこうなるだろうなっていうことを想像して作っていたんですよ。例えばとんねるずに「雨の西麻布」っていう曲を作れば、雑誌で西麻布特集が組まれるだろうな、とかね。AKB48の場合は本当に予測がつかないから。「スカート、ひらり」って曲で、「世界で一番好きなの♪」だけ全員が何故か大声で叫ぶとか。

「秋元康(総合プロデューサー)ロングインタビュー」『クイック・ジャパン87』大田出版、2009年

 

 

「世界で一番好きなの♪」は、たしかに意味がわからない(誰が得するんだろうと少しだけ思う)。だからこそ、「ヲタクすごいな」とも感じるし、はじめて聞いたときのやすすの驚きも想像できる。

 

AKB48劇場のこけら落としで「チームA 1st Stage『Partyが始まるよ』」という公演をやったときです。最後に「桜の花びらたち」という歌を歌を歌って、花びらがパーッと散る。それを暗転の間にスタッフがモップで掃除するんです。ところが、すぐ「モップ! モップ!」と、掃除をうながすモップ・コールが自然発生的に始まった。

秋元康・田原総一朗『AKB48の戦略!』アスコム、2013年

  

ネットの書き込みで、"1AKB"って言葉が出てきたから何かと思ったら、当時チケットが千円だったから、"1AKB=千円"で単位ができていたり。お客さんからいろんなものを発信しはじめていた。あともちろん、公演の内容とかメンバーについてもブログとかでいろいろ書いてくれていて。あ、これはいける! と

前掲『48現象』インタビュー

 

 やすすは、自分では決して思いつかない何かを発信してくれるファンとの対話を重視した。まだ劇場がオープンしてしばらくの間は、ロビーでファンと立ち話もした。

 

今も同じですよ。劇場で生の声を聞く機会が減ったというだけで、ファンと見えないところで会話をしているんです。例えば、僕は基本的にブログや2ちゃんねるは見ないんですけども、スタッフが面白いの出てますよってプリントしてくれるんですね。それを僕が「聞く」。その繰り返しでできあがっているのが、AKB48なんです。 

前掲『クイック・ジャパン87』インタビュー

 

毎日公演をやっているから、お客さんからネタが出てくると、すぐにリアクションできる。すぐ実現できる。それが強みですよね。テレビよりラジオに近い感じだね

前掲『48現象』インタビュー

 

 その後も、やすすはぐぐたすにアカウントを作り、一時はファンのコメントに熱心にレスポンスしていた。最近は深夜から早朝にかけての755に出没している。どんなに忙しくても、原稿が遅れても、ファンとの対話を続けたいのだ。ファンからの 「ネタ」、「リアクション」を待っているのである。

 

やすすはファンのクリエイティブを待っている

 

やすすは、ファンと「合作」したがっている(もちろん、メンバーやスタッフとも)。これは間違いない。

 

ファンが、自分で場を作ることがおもしろいんです。

前掲『AKBの戦略!』

 

アイドルファンっていうのは、みんな、それぞれ理想像があって、一人一人がプロデューサーなんですね。

前掲『クイック・ジャパン87』インタビュー

 

やすすは、ファンのクリエイティブを待っている。

 

本当のサプライズはお客さんが作ります。

「仕掛け人・秋元康氏が語るSKE48の"真の野望"とは?」『SPA!』2010年3月30日号

 

やすすは、自分が40年かけて築いた経験知とおなじくらい、ファンの感覚を信じている。

 

人間は経験則で生きるので、ファンが自分の予測とは違うところで反応したのはたまたまで、それは誤差だと思いがちなんです。でも、僕は、"そっち"だと思うんですよね。AKBは"そっち"を大事にしたいんですよ。

前掲『クイック・ジャパン87』インタビュー

 

この言葉、しびれませんか。ぼくはしびれた。

"そっち"を信じるやすすの信念がなければ、TDCホールでの13期公演などありえなかったと思う。

(やすすの決断によって13期公演開催が急転直下決定にいたったことについては、企画実現に向けて動いてきた13期ヲタ有志の方々への取材による。その詳しい経緯についてはまた別の機会に書くつもりです。)

 

たしかに、いまの48Gは「お客さんからネタが出てくると、すぐにリアクションできる。すぐ実現できる」という環境にはない。

(ファン有志による13期公演の企画書も、劇場支配人に届くまでに○ヵ月かかったらしい。このあたりの経緯についても、また別の機会に。)

 

それでも、やすすがファンと「合作」したがっていること、やすすがファンのクリエイティブを待っていることは間違いない。やすすの言葉を素直に読めば、そう考えるほかはない。

ヲタクは意外とやすすの言葉を読んでないんですよね。いや、いいんですよ。メンバーのヲタなのであって、やすすのヲタではないのだから。私はやすすのヲタでもあるので、やすすの言葉にとても興味がある。そして、やすすの言葉を読んで、ある種の「誤解」を取り除くことが、48Gのメンバー、ヲタク、スタッフにとってプラスになると考えている。だからこうしてやすすの言葉を紹介しているわけです。

 

ともかく、やすすは一緒に面白いことをやりたいのだ。ファンやメンバーから「おもしろいこと」を発信してほしいのだ。

 たとえば、755で「新公演はどうなったんですか」と詰問するのは正義である。やすすは新公演書くと約束した、なのに新公演書かない、だから新公演書けと要求する。正義ではあるが、クリエイティブは皆無である。

こういう言葉が、やすすに刺さるだろうか、と疑問に思ってしまうわけです。

いや、正しいんですよ。やすすが約束して初日の日程を決めて新聞広告まで出したのに新公演を書かないんだから。「約束を守れ」と言うのは正しい。正しいがしかし、正義の味方がクリエイティブであることはまずないのだった。正義の味方の役目は悪者のおもしろい企画(世界征服など)を潰すことです。

やすすが猛烈に新公演を書き始めることがあるとしたら、それはファンの正義の怒りが爆発したときではなく、ファンのクリエイティブをぶちかまされたときだと思う。

13期メンバーとそのヲタたちは、ぶちかました。そしてやすすを動かした。私もぶちかましたい。

 

キャバクラ「水族館」はやっぱりビルの8階にあったりするんだろうか

いつかクラブを舞台にした作品を書きたい、とやすすは言った

 

いつかクラブを舞台にした作品を書きたいと思っていますよ。

「我が人生『最高の一杯』!」『アサヒ芸能』2007年の8月30日号、徳間書店

 

 やすす秋元康は、インタビューでこう語ったことがある。

「我が人生『最高の一杯』!」という、著名人が酒にまつわる思い出を語る連載ページに登場したのは2007年8月。AKB48の5thシングル『僕の太陽』がリリースされた頃だ。

 メンバーの初主演映画『伝染歌』が公開目前の時期でもあり、その宣伝も兼ねて、やすすはインタビューを受けたのだろう。実際、「8月25日には、企画・原作を手がけた映画「伝染歌」(配給・松竹)も全国公開される」と記事では触れられている。

 ちなみに、この記事をすみからすみまで読んでも、「AKB48」という単語は一度も出てこない。前田敦子とか大島優子の名前も出てこない。本文だけでなく、やすすの略歴でも触れられていない。この時期のAKB48はまだ、「秋元康の仕事として無視できないもの」ではなかった、ということがわかる。

 

 それはともかく、やすすの酒にまつわる思い出話である。

 23歳から40歳までは仕事に追われ、酒を飲むヒマもなかったやすすは、40歳(1998年頃)から「第2期酒飲み期」に入った。そこで一時猛烈にハマったのが銀座のクラブ巡りだという。

 

銀座のクラブって、" 連続ドラマ"なんですよ。半年に一度顔を出す程度だと「登場人物」がわからないからつまらない。でも、毎日通うと女の子のキャラクターや経歴、どの客がどの子をひいきにしているとか、「流れ」がつかめるようになってくる。そうなるとおもしろいんですよね。

クラブは釣ったらリリースする「大人の釣堀」。客と女の子が心理ゲームをするところです。必ずしもお金を使っている人がモテるわけではないですし、美人ホステスがナンバーワンというわけでもない。

 

  テレビ局に勤める仲間と「夜の探検隊」を結成し、毎晩欠かさず通いつめる。「とにかく自分の好奇心を満たすことがおもしろかった」やすすのクラブ巡りは、「不思議なもので、3ヵ月、ちょうどドラマのワンクール分が過ぎたところで、ピタッと」終わったという。

 

 やすすの言葉を整理すると、彼がクラブに見出したおもしろさというのはざっと以下のようなものだ。

 多彩なキャラクターによる群像劇。

 客もキャストの一人となってつくり上げていく参加型ドラマ。

 そして、毎日通いつめることによって文脈をつかむことができ、はじめて本当のおもしろさがわかる「継続性」のエンタテインメント。

 

一番最初の思いとしては、少女たちのお芝居を毎日やりたかったんです。

秋元康AKB48総合プロデューサー)ロングインタビュー」『クイック・ジャパン87』太田出版、2009年

 

 AKB48の企画にあたって、やすすが「小劇団やライブハウスから出てくるバンド」(「総合プロデューサー 秋元康インタビュー」『48現象』ワニブックス、2007年)を意識していたというのは有名な話だ。

  同時に、無意識のレベルでは、3ヵ月に及ぶ濃密な取材で知ったクラブというエンタテインメントのおもしろさが強い影響を与えていたのではないか。  

 毎日、決まったハコで公演をする小劇団やインディーズバンドはない。

 毎日、決まったハコで営業しているのがクラブだ。

 毎日、決まったハコで公演をしているから、ファンが会いたいときに会いに行けるアイドル。その気になれば、通いつめて「連続ドラマ」を楽しむこともできるアイドル。

 AKB48はこうして生まれた。

 

キャバクラ「水族館」はなぜ居抜き物件に入らなかったのか

 

西園寺「客は高い金を払い、何を求めここに来るのか。 君たちの心と体を釣りに来るんだ」

マジック「きも」

西園寺「キャバクラとは恋の釣堀」

『キャバすか学園』第1話

 

 筆者はクラブにもキャバクラにも行ったことがないので、違いがよくわからない。しかしこの際、両者の違いはあまり問題ではなさそうだということはわかる。

 

 2016年の終わりから2017年のはじめにかけて、やすすはキャバクラを舞台にした作品を発表した。48Gメンバーが出演するドラマ『キャバすか学園』だ。

 

 筧利夫演じる伝説のキャバクラプロデューサー・西園寺景虎は、まだ内装工事中の店内、すなわちキャバクラ「水族館」の予定地で、主人公のさくら(宮脇咲良)以下キャバ嬢志願のヤンキーたちにレクチャーする。

「キャバクラとは恋の釣堀」だとかなんとか、内容は正直なところどうでもいい。    

 問題は、なぜ内装工事中なのか、である。    

 なぜ、潰れたキャバクラの後に居抜きで入るという設定ではいけないのだろう?

 なぜ、わざわざ「内装工事中の店内」のセットを用意する手間を増やすのだろう?

 

 このシーンは内装工事中でなければいけない理由があるのだ。

 

こけら落としを一週間後に控えていくるにもかかわらず、現場ではまだ電動ノコギリで板を切ったり、打ち付けたりと、工事の真っ最中だった。

夏まゆみ『夢は、強く思った人からかなえられる』サンマーク出版、2016年

 

劇場が工事中でホコリが舞ってる中稽古してメンバーがノドやられちゃったりとか。もうとにかく大変で……。

「演出・振付担当 夏まゆみインタビュー」『48現象』

 

 

 2005年12月1日に予定されていたAKB48劇場こけら落とし公演。その一週間前、振付と演出を任された夏まゆみが初期メンバー(1期生)を連れて劇場入りしたとき、秋葉原ドン・キホーテ8階の工事はまだ終わっていなかった。夏はあわててやすすに電話してオープンを一週間先に伸ばし、工事をしている横でメンバーの稽古を進めた……というのは、ファンにはよく知られた逸話である。

 

『キャバすか学園』第1話、内装工事中の店内で西園寺がレクチャーをした不可解なシーン。

 あれは、2005年の12月を再現したものなのだ。だから、ぜひとも内装工事中でなくてはいけなかったのだ……そう考えれば納得できる。

 ついでに、センター(松井珠理奈)がキャバクラ「水族館」は「お客様に育てていただく育成型キャバクラ」だと言う(第2話)のも、キャバクラなのにショータイムがあってキャストがステージで踊るのも、ホール責任者の名前が「サトシ(漢字だと「智」と書ける)」なのも──

 

 すべては、AKB48の「はじまりの物語」を再現するため

 

 だと考えれば納得なのであった。 

 

  AKB48とその姉妹グループのメンバーが演じるドラマが、AKB48の「はじまりの物語」をなぞっている。この形式の作品には、前例がある。

 2012年から2013年にかけて放映されたアニメ『AKB0048』だ。

 AKB48が「かつて地球に存在した伝説のアイドル」として語り継がれる未来を舞台にしたこの物語は、最終回で「なぜ、AKB48は生まれたのか」=「存在する理由」を宇宙論的スケールで説明した。控えめに言って「48Gの創世神話」である。つくったのはやすすではなく、総監督の河森正治とそのスタッフたちだが。

 

 その『AKB0048』についてのインタビューで、やすすはこう言っている。

 

そもそもAKBの面白さって継続性なんです。

秋元康(企画・監修)インタビュー」『クイック・ジャパン100』太田出版、2012年

 

 継続するためには、大切なものを継承していかなくてはいけない。だから、現在のメンバーが48Gの「はじまり」を演じ、そこにある大切な何かを感じることには意味がある。

 

秋元 先程、AKB48はドキュメンタリーと言いましたが、中身はそうですけど、展開の仕方という意味では、AKB48は連続ドラマだと思うんです。

秋元康田原総一朗AKB48の戦略!』アスコム、2013年

 

僕は別に、エンジンをむりやり吹かしてAKBを早く終わらせようと思っているわけではないです。AKBを「旬」ではなく「定番」にしたいんです。

同上

 

 ご存知の通り、「旬」は終わった。

「定番」にするためには、48Gの継続性を維持するための仕掛けを駆動しなくてはいけない。

 

 作中で峯岸みなみの研究生降格を予言するなど、アカシックレコードじみた慧眼で48Gの本質を見抜いた河森は、「13代目前田敦子」や「5代目高橋みなみ」が活躍する「襲名制」のAKB0048という形で、いち早くヒントを提示した。

 

 そして去年、やすすとそのブレインたちは「継続性のエンタテインメント」であるキャバクラと48G、AKB48の「はじまりの物語」という三つの要素を混ぜ合わせることを試みたのである。やや荒っぽく。

 やすすは48G を「旬」ではなく「定番」にしたいと本気で考え、行動している。

 

ところで

 『キャバすか学園』がAKB48のはじまりをモチーフにしているならば、キャバクラ「水族館」はビルの最上階、できれば8階にあってほしいところである。設定ではどうなっているか。

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 8階建ての6階。惜しい。