キャバクラ「水族館」はやっぱりビルの8階にあったりするんだろうか
いつかクラブを舞台にした作品を書きたい、とやすすは言った
いつかクラブを舞台にした作品を書きたいと思っていますよ。
「我が人生『最高の一杯』!」『アサヒ芸能』2007年の8月30日号、徳間書店
やすす秋元康は、インタビューでこう語ったことがある。
「我が人生『最高の一杯』!」という、著名人が酒にまつわる思い出を語る連載ページに登場したのは2007年8月。AKB48の5thシングル『僕の太陽』がリリースされた頃だ。
メンバーの初主演映画『伝染歌』が公開目前の時期でもあり、その宣伝も兼ねて、やすすはインタビューを受けたのだろう。実際、「8月25日には、企画・原作を手がけた映画「伝染歌」(配給・松竹)も全国公開される」と記事では触れられている。
ちなみに、この記事をすみからすみまで読んでも、「AKB48」という単語は一度も出てこない。前田敦子とか大島優子の名前も出てこない。本文だけでなく、やすすの略歴でも触れられていない。この時期のAKB48はまだ、「秋元康の仕事として無視できないもの」ではなかった、ということがわかる。
それはともかく、やすすの酒にまつわる思い出話である。
23歳から40歳までは仕事に追われ、酒を飲むヒマもなかったやすすは、40歳(1998年頃)から「第2期酒飲み期」に入った。そこで一時猛烈にハマったのが銀座のクラブ巡りだという。
銀座のクラブって、" 連続ドラマ"なんですよ。半年に一度顔を出す程度だと「登場人物」がわからないからつまらない。でも、毎日通うと女の子のキャラクターや経歴、どの客がどの子をひいきにしているとか、「流れ」がつかめるようになってくる。そうなるとおもしろいんですよね。
クラブは釣ったらリリースする「大人の釣堀」。客と女の子が心理ゲームをするところです。必ずしもお金を使っている人がモテるわけではないですし、美人ホステスがナンバーワンというわけでもない。
テレビ局に勤める仲間と「夜の探検隊」を結成し、毎晩欠かさず通いつめる。「とにかく自分の好奇心を満たすことがおもしろかった」やすすのクラブ巡りは、「不思議なもので、3ヵ月、ちょうどドラマのワンクール分が過ぎたところで、ピタッと」終わったという。
やすすの言葉を整理すると、彼がクラブに見出したおもしろさというのはざっと以下のようなものだ。
多彩なキャラクターによる群像劇。
客もキャストの一人となってつくり上げていく参加型ドラマ。
そして、毎日通いつめることによって文脈をつかむことができ、はじめて本当のおもしろさがわかる「継続性」のエンタテインメント。
一番最初の思いとしては、少女たちのお芝居を毎日やりたかったんです。
AKB48の企画にあたって、やすすが「小劇団やライブハウスから出てくるバンド」(「総合プロデューサー 秋元康インタビュー」『48現象』ワニブックス、2007年)を意識していたというのは有名な話だ。
同時に、無意識のレベルでは、3ヵ月に及ぶ濃密な取材で知ったクラブというエンタテインメントのおもしろさが強い影響を与えていたのではないか。
毎日、決まったハコで公演をする小劇団やインディーズバンドはない。
毎日、決まったハコで営業しているのがクラブだ。
毎日、決まったハコで公演をしているから、ファンが会いたいときに会いに行けるアイドル。その気になれば、通いつめて「連続ドラマ」を楽しむこともできるアイドル。
AKB48はこうして生まれた。
キャバクラ「水族館」はなぜ居抜き物件に入らなかったのか
西園寺「客は高い金を払い、何を求めここに来るのか。 君たちの心と体を釣りに来るんだ」
マジック「きも」
西園寺「キャバクラとは恋の釣堀」
『キャバすか学園』第1話
筆者はクラブにもキャバクラにも行ったことがないので、違いがよくわからない。しかしこの際、両者の違いはあまり問題ではなさそうだということはわかる。
2016年の終わりから2017年のはじめにかけて、やすすはキャバクラを舞台にした作品を発表した。48Gメンバーが出演するドラマ『キャバすか学園』だ。
筧利夫演じる伝説のキャバクラプロデューサー・西園寺景虎は、まだ内装工事中の店内、すなわちキャバクラ「水族館」の予定地で、主人公のさくら(宮脇咲良)以下キャバ嬢志願のヤンキーたちにレクチャーする。
「キャバクラとは恋の釣堀」だとかなんとか、内容は正直なところどうでもいい。
問題は、なぜ内装工事中なのか、である。
なぜ、潰れたキャバクラの後に居抜きで入るという設定ではいけないのだろう?
なぜ、わざわざ「内装工事中の店内」のセットを用意する手間を増やすのだろう?
このシーンは内装工事中でなければいけない理由があるのだ。
こけら落としを一週間後に控えていくるにもかかわらず、現場ではまだ電動ノコギリで板を切ったり、打ち付けたりと、工事の真っ最中だった。
劇場が工事中でホコリが舞ってる中稽古してメンバーがノドやられちゃったりとか。もうとにかく大変で……。
「演出・振付担当 夏まゆみインタビュー」『48現象』
2005年12月1日に予定されていたAKB48劇場のこけら落とし公演。その一週間前、振付と演出を任された夏まゆみが初期メンバー(1期生)を連れて劇場入りしたとき、秋葉原のドン・キホーテ8階の工事はまだ終わっていなかった。夏はあわててやすすに電話してオープンを一週間先に伸ばし、工事をしている横でメンバーの稽古を進めた……というのは、ファンにはよく知られた逸話である。
『キャバすか学園』第1話、内装工事中の店内で西園寺がレクチャーをした不可解なシーン。
あれは、2005年の12月を再現したものなのだ。だから、ぜひとも内装工事中でなくてはいけなかったのだ……そう考えれば納得できる。
ついでに、センター(松井珠理奈)がキャバクラ「水族館」は「お客様に育てていただく育成型キャバクラ」だと言う(第2話)のも、キャバクラなのにショータイムがあってキャストがステージで踊るのも、ホール責任者の名前が「サトシ(漢字だと「智」と書ける)」なのも──
すべては、AKB48の「はじまりの物語」を再現するため
だと考えれば納得なのであった。
AKB48とその姉妹グループのメンバーが演じるドラマが、AKB48の「はじまりの物語」をなぞっている。この形式の作品には、前例がある。
2012年から2013年にかけて放映されたアニメ『AKB0048』だ。
AKB48が「かつて地球に存在した伝説のアイドル」として語り継がれる未来を舞台にしたこの物語は、最終回で「なぜ、AKB48は生まれたのか」=「存在する理由」を宇宙論的スケールで説明した。控えめに言って「48Gの創世神話」である。つくったのはやすすではなく、総監督の河森正治とそのスタッフたちだが。
その『AKB0048』についてのインタビューで、やすすはこう言っている。
そもそもAKBの面白さって継続性なんです。
継続するためには、大切なものを継承していかなくてはいけない。だから、現在のメンバーが48Gの「はじまり」を演じ、そこにある大切な何かを感じることには意味がある。
秋元 先程、AKB48はドキュメンタリーと言いましたが、中身はそうですけど、展開の仕方という意味では、AKB48は連続ドラマだと思うんです。
僕は別に、エンジンをむりやり吹かしてAKBを早く終わらせようと思っているわけではないです。AKBを「旬」ではなく「定番」にしたいんです。
同上
ご存知の通り、「旬」は終わった。
「定番」にするためには、48Gの継続性を維持するための仕掛けを駆動しなくてはいけない。
作中で峯岸みなみの研究生降格を予言するなど、アカシックレコードじみた慧眼で48Gの本質を見抜いた河森は、「13代目前田敦子」や「5代目高橋みなみ」が活躍する「襲名制」のAKB0048という形で、いち早くヒントを提示した。
そして去年、やすすとそのブレインたちは「継続性のエンタテインメント」であるキャバクラと48G、AKB48の「はじまりの物語」という三つの要素を混ぜ合わせることを試みたのである。やや荒っぽく。
やすすは48G を「旬」ではなく「定番」にしたいと本気で考え、行動している。
ところで
『キャバすか学園』がAKB48のはじまりをモチーフにしているならば、キャバクラ「水族館」はビルの最上階、できれば8階にあってほしいところである。設定ではどうなっているか。
8階建ての6階。惜しい。